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東欧諸国では、中央集権的な官僚制が低信頼文化を醸成してしまった。 アメリカ社会では人々の間に信頼関係がないので、あらゆる場合に法律・裁判に頼ろうとする傾向が見られると彼は指摘する。
アメリカ人であるF氏は1995年の著作で、低信頼文化の国として、中国、香港、台湾、韓国、フランス、(南)イタリア、ロシアなどを挙げている。 かつてのアメリカは高信頼文化を持っていたが、現在では大幅に失われたことを認めている。
反対に彼が高信頼文化の国としたのは、日本とドイツ(と主として過去のアメリカ)である。 F氏は信頼と企業規模とを関連づけた理論を展開する。
低信頼文化の国では信頼できる人間の範囲が家族に限られるため、大規模組織の企業が発達しない。 ほとんどは、家族中心の小規模企業にとどまる。
それに対して高信頼文化の国では、血縁者以外にも権限の委譲が行なわれ、大規模組織が発達する。 多額の資本を使用した大規模組織は今日の多くの産業において必要であるにもかかわらず、低信頼社会では、国家が介入しないかぎりそれを形成することができないため、経済発展に支障をきたす。
信頼は複数の人間の間に成立する倫理である。 信頼にこたえることは、まず自分の表明したことを守ることを意味する。
約束を守ることもそれに含まれる。 個人が将来とる行動をすべて表明することは物理的に不可能であるから、社会で倫理的と考えられている行動を、相手に対してとることも意味する。

(F氏によって使用されている社会資本という概念は、K氏の1988年の著作に由来するもので、信頼関係とほとんど同義である。 )信頼には程度の問題があり、存否だけを問題にできない(先の自己規制やこのあとに述べる忠誠心も同様である)。
信頼を裏切れば100万円の利益が得られるというときは裏切らなかった人間が、1億円の利益をもたらすときは裏切ることもありうる。 もちろん100億円の利益をもたらすときにも裏切らない人間は存在するであろう。
先に挙げたすべての日本的価値が、信頼の育成に寄与していることは明らかである。 継続的取引を行なう日本企業の間の関係は、形式的な契約に基づく西欧型の関係とは異なる。
労使の関係も同様である。 D氏はそのような関係をリレイショナル・コントラクティングと呼んだが、ゲーム論的要素とともに高度の信頼が含まれていると考えられる。
そうした関係が、日本の生産効率や技術的ダイナミズムをもたらした。 日本が世界で稀にみるほど信頼を重視してきた社会であることは、海外の多くの識者によって高く評価されている。
これとは対照的に西欧では、一般に信頼を軽視してきた。 西欧の個人主義は、神と個人との関係を重視する内面的孤立のピューリタニズム思想が根底となっている。
信頼を軽視ないしは敵視するように作用する。 たとえば、イギリスのピューリタニズムの諸著書には、人間の援助や人間の友情に一切信頼をおかないように訓戒する顕著な傾向が承られる。
それらは、最も近しい友人に対しても深い不信頼を持つことを勧め、誰人をも信頼せず、身を危うくするようなことは誰にも知らせないのがよい、神のみが信頼しうる人格だと考えるべきだ、と説く。 われわれが前章でみたゲームの理論では、信頼という要素はまったく見られなかった。
合理主義者(個人主義者)は、基本的には他者を信用しない。 そのようなエゴイストの間にも協力関係は成立しうる。

信頼があれば協力の実現される可能性が格段に高まることは明らかであろう。 相手が互いに信頼できて。
異切り行為」をしないことがわかっていれば、協力関係は容易に実現する。 信頼は人々の間の協力を促進する。
信頼は終身雇用制の利益(協力の実現)を増幅するが、逆に終身雇用制は信頼を強化する。 人々は終身的な関係にある人を信頼する傾向がある。
人間は見知らぬ者よりは、隣人のいうことを信用する。 村落共同体の人間の間には信頼関係が成立しやすいが、大都会の人間の間には成立しにくい。
継続的な人間関係が、他者に対する理解、愛他心、同情心を増進するために信頼が醸成されるのが一因である。 見知らぬ者に対しては警戒心が生ずる。
継続的な人間関係にある場合は、信頼できる者を、評判を形成することが容易であるためでもあろう。 信頼に関して特に注意すべきことは、いったん失われると回復することが不可能なことである。
人間が考える動物であることと関係する。 信頼を破壊する人間は、熟考した後でそうする。

信頼を利用された者はそのことを知っているので、信頼の破壊者は二度と信頼を得ることができない。 合理主義・個人主義は個人間の信頼を軽視する。
信頼はきわめて重要な財であり、それを破壊する罪は非常に重い。 子供の誘拐や偽札造りが重罪になるのは、信頼を破壊するからである。
法律に規定されていないが重罪にも値する信頼の破壊行動は無数に存在する。 日本人は組織忠誠心が強いといわれてきた。
組織忠誠心とは、個人とその属する組織とを同一視することである。 意思決定を行なう際に、純個人的利益をある程度犠牲にして組織の利益を重視することである。
彼がaを選択すれば、彼の組織の利益は1億円、彼の報酬は100万円であると仮定する。 組織の利益は1億円、彼の報酬は120万円であるとしよう。
もし彼がaを選択すれば、彼には組織忠誠心があることになる。 労働者に組織忠誠心があれば、特に監視されなくとも一生懸命働くであろう。
また自分の給料に直接影響しなくとも、不良品が生じないように努力するであろう。 次の例が忠誠心の生産性増大効果を示している。
かつてはG社のものであったアメリカのプラントをT社が引き継いだことがあった。 するとこのプラントでは、アメリカの経営者によってアメリカ方式で経営された同程度のG社プラントより、45パーセントも少ない労働時間で自動車を生産することができるようになった。
この違いは日本的経営が醸成する忠誠心にあるとS氏(ノーベル経済学賞受賞者)は指摘する。 忠誠心も終身雇用制の効果を増幅する作用がある。

忠誠心のある労働者は、私利のみを追求して組織や他の成員を害する行動をしない。 実際のところ、自己規制・信頼・忠誠心には、相互に重複した部分がある。
ただ、忠誠心には自己規制や信頼よりも積極的な意味が含まれている。 一個人が組織に対して忠誠心を持つためには、彼がその組織の目的を内部化することが決定的に重要である。
彼が組織をあたかも自分自身であるかのように感ずることが必要になる。 そのためには、何よりも組織の目的を理解し、それに賛同すること、またその実現に幸福感を感ずることが必要である。
したがって忠誠心があれば、所属する組織の成功から個人は満足感を得ることができる。 ただし、組織において個人が忠誠心だけで行動するということはありえず、個人的に得られるある程度の報酬も必要である。
(報酬の水準が平均的であっても、忠誠心は発揮されうる。 )私利を追求して行動すれば資源配分は(パレート)最適になるという西欧合理主義の思想は、市場の観察とその分析に基礎をおいている。
しかもその市場は、穀物市場、今日の外国為替市場などのように完璧に近い形で組織された市場である。

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